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2021
8/31

人間形成学総論④

講師: 渡邊祐子(東京藝術大学 非常勤講師)
最終回の講義前半ではZoomのブレイクアウトルーム機能を利用して「Show and Tell」を行い、その後「キュッパ部」のワークショップを行いました。「show and tell」は自分を表すものを持ち寄って紹介をすることで、客観的な説明と主観的なストーリーの違いを感じるための手法です。「キュッパ部」のワークショップは自分の家の中にあるものをよく観察して、自分なりの分類を考え、木箱の中にそれぞれがよく見えるように並べることで、自分が関わる世界を自分がどう受け止めているかを視覚化するための行為です。渡邉先生は、ものを見つめ、認識することは、頭の中だけでなく体でものを感じとることで自分と自分を取り巻く世界とのコミュニケーションの方法であると言います。

講義の後半では、対話について講義が行われました。教育学において、自分自身が感じていること、問題に思っていることなどを誰かと語り合いながら考えることは命題であると言います。古今東西で、人間同士が理解し合う最も有効な手段として対話が用いられてきました。

講義前半で行ったワークショップのように「観察する」ことや、はじめは取るに足らないように思える小さなことに目を向ける能力は、のちに驚くほど重要になり深い意味を持って何かを発見するときの能力となってくる、と渡邉先生は主張します。

生涯を通して対話を研究のテーマとしたマルティン・ブーバーによると、対話における基本は他者と「向かいあう」ことであり、「生きた存在」そのものへ注意を向けることだと言います。ブーバーは、相手の存在を確認するということは、相手の立場が自分と同じであろうと対立していようと、「承認」することだと言います。

対話の中には自分を積極的に与え、同時に相手を受容する、能動的行為と受動的行為の関係があります。このどちらかが欠けても対話というコミュニケーションは生まれません。教育の文脈の中では、相手に自分を与え、相手を受けとる性格を共に獲得していくことが「主体性」を獲得していくということになるそうです。この相互性は、人が主体的な一人の人間になる過程の特性を表しているように思う、と渡邉先生は語ります。このことは簡単なものではなく、他者への関わりによってどれだけ自己を乗り越えることができるのかという難しさとして現れてくるが、その努力を支えるものとして教育があるのではないか、と渡邉先生は考えます。

私たちは根底では他者と分かり合いたいと思っているのではないか、と渡邉先生は問いかけます。人間にとってなぜ対話が大切なのか。人間を対話に向かわせるものはなにか。教育において対話とは、信頼関係を築き、自分と他者との生きた出会いを経験することに繋がってくることが大切である。このような経験が人生のどこかになければ、真に生きていることを実感するのが難しいのではないか。その根底には、人は「誰かの心に根をおろしたい」と思っているからではないかと言います。教育において本当の対話というのは、教える側と教わる側に愛情があり、すなわち「あげる、もらう」という区別を消すあたたかな感情が存在しており、一人の人格への全面的関わりがある。ここには人間の成熟さという問題があり、その本質は愛によって孤独に耐え、乗り越えることなのではないか、とまとめて4日間の講義を終えられました。

講師プロフィール

東京藝術大学 非常勤講師

渡邊祐子

東北大学大学院教育学研究科博士課程修了後、都内の大学で教育学の教鞭をとる。専門は生涯学習、美術館教育。
21年までは、東京都美術館委託専門家としてMuseum Start あいうえのプログラム・オフィサーを務める。