INTERVIEW

人とのつながりを生み出す手助けもケアの一つの形なのかもしれない

DOOR7期生
畑中聡(はたなか さとし)さん

DOORを受講したきっかけを教えてください

以前、日経新聞でDOORの特集記事が組まれていたことがあり、そこで初めてDOORを知りました。仕事柄、福祉にすごく詳しいわけではなく、アートにも疎い方なのですが、「ケア×アート」という聞いたことがないテーマに漠然と興味を持ちました。

ここで学んだことを仕事に活かすとか、新しい職業にしていこうとか、そういう高い志があったわけではありませんが、大学を卒業して社会人になり、いわゆる学びの場から離れてしまっていたので、そろそろ新しく何かを学びたいと思ったことが背景にあります。

受講にあたってDOORの理念を知るために読んだ『ケアとアートの教室』では、アートも福祉も誰しもが自分らしく生きていくために不可欠なものとして捉えていて、私が想像していたアートと福祉の考え方とは良い意味で異なるものでした。ひとりの社会人としてこれからの多様性が認められる社会を築いていく上でも、また自分という人間を構築していく上でも、DOORの考え方はいろいろ役立つんじゃないかと思いました。

受験についてですが、仕事と並行して受講することになるので、タイミングを見計らっていました。ちょうど仕事がひと段落するはずのタイミングで、受けるならばこの年しかないと思って申し込みました。

 

実際にDOORを受講してみた感想を教えてください

必修科目のダイバーシティ実践論・ケア原論の講義の内容の濃さには毎回驚かされていました。多種多様な領域からいらっしゃる講師の方々と触れ合えたことは、私にとって全てが新鮮でした。講師の方々からは、知見・知識に関する話だけでなく、クローズドで行われる講義の中だからこそ話せるような、いわゆる当事者としての側面から語られる深い経験談についての話もあり、授業を聞きながら、“普通では聞けない話を聞いている感覚”がずっとありました。

すぐに仕事に活かせるということではないのですが、物事の考え方、発想、視点はとても学ばせられるものが多かったです。今後の仕事人生においても、また1人の人間として生きていく上でも自分の糧になったと実感しています。授業で配られた資料や自分で取ったメモは今でも時々見返しています。

実際の受講に関してですが、必修科目については夕方開始のオンライン授業でしたが、職場と自宅が離れていたので、授業の日は自分のノートPCを持って出勤し、仕事終わりに職場近くのカフェ等から参加するというスタイルをとっていました。残業が多かったので、仕事が終わってすぐに授業が受けられる環境にあるのはありがたかったです。

選択科目については、「ドキュメンタリー映像演習」を選択しました。必修科目がオンラインで行われるのに対し、ドキュメンタリー映像演習はフィールドワークが中心になるということだったので迷わず選択しました。詳しくは後述しますが、撮影・取材で浦安市を何度も訪問し、取材がない日は動画の編集作業ばかり行っていました。結果的にドキュメンタリー映像の制作に1年間の中で最も多くの作業コストを費やしました。

選択科目が本格化する後期は、仕事のスケジュールとDOORの授業のスケジュールとをにらめっこしながら活動計画を立てていました。基本的な考え方として、せっかく自分で受講料を払っているのだから出られる授業は全て出席し、経験できることはなるべく経験しようと考えていました。詰め込みすぎて出席を諦めた授業もありましたが、自分のキャパシティの中で得ることができる1年間の経験値は最大だったと思っています。

 

ドキュメンタリー映像演習の授業の様子

 

ー印象に残っている授業や実習について教えてください

選択科目で選択した「ドキュメンタリー映像演習」が一番印象に残っています。もともとテレビのドキュメンタリー番組が好きで、作品が作られる過程に興味があったので、映像制作や取材の技法が学べるこの授業を選びました。

制作は撮影・取材ありきなので、授業はフィールドワークを中心に行われます。私の年の課題は「あきない商い」をテーマに浦安市内の商店へ取材・撮影し、1本のドキュメンタリー作品に仕上げることでした。私たちのチームはJR浦安駅近くにある電気屋のエルクさんに取材させていただきました。8月の暑い時期にスタートし、お客さん宅への修理訪問に同行したり、イベントに同行したり、お客さんにも取材させていただきました。

取材して初めて知ったのですが、ネットショッピングの普及などにより家電の流通が発達したことで、街の電気屋さんは全国的にどんどん数が減っています。おそらくこの記事を読んでいる多くの方が、街の電気屋さんではなく家電量販店を中心に使っているかと思います(自分もそうです)。しかし、エルクさんは地域にしっかり根付かれている電気屋さんで、家電量販店にはできないきめ細やかな顧客ケアにより差別化を図られています。取材中のお客さんとのやり取りからも、厚く信頼されていることを強く感じ取ることができました。

エルクさんは常にお客さんの目線に立って物事を考えていて、取材の中で「高齢者の方にとって新たに家電を購入することはチャレンジ。それを手助けしていきたい。」と言っていました。『ケアとアートの教室』では、ケアの解釈を単に奉仕をすることだけでなく、もっと広く、生命活動を整える手助けをすることもケアであると述べられていますが、エルクさんがやっていることもケアのひとつの形なんだと気付かされました。取材のなかでお客さんが「家電量販店には行かない。ケアが違うから。」と語っていたことはとても印象的でした。

制作活動に関してですが、取材ではカメラ、マイク、記録、インタビュアーなどの役割をチーム内でローテーションしていましたが、私はそれに加えて動画編集も担当しました。全くの未経験からのスタートだったため、教本を見たり、YouTubeのレクチャー動画を見たりして編集ソフトの使い方を一から学びました。

作品の尺は20分前後と決められていたので、撮影した60時間にも及ぶ動画素材を約20分の作品に仕上げることが求められます。動画編集のためには撮影した動画素材の全てに目を通さなければならず、また字幕やナレーションを付けたりなどの作業もあったりしたので、編集作業に膨大な時間を割くことになりました。生みの苦しみを地で体験し、本当に大変だったのですが、上映会で完成作品をエルクさんとその関係者の皆さんがとても喜んでいたのを見て、報われる思いでした。



         

畑中さんチームが制作した作品「つながりのカタチ」

 

受講してみてご自身の心境の変化などがあれば教えてください

作品制作を経て新しい気づきがありました。エルクさんに今回のドキュメンタリー作品をとても気に入っていただき、自社のインスタグラムやチラシなどで作品を宣伝していただきました。自分たちが作った作品を好きになってもらい、さらに宣伝までしてもらうということが、自分の日常では考えられない現象だったので、とても不思議な感覚を覚えました。また、浦安市で行った上映会で、エルクさんが他のチームの取材対象だったお弁当屋さんと知り合いになり、後日お弁当の配達をお願いしたそうで、作品をきっかけに横のつながりができたそうです。また、作品を見た古い友人からも久々に連絡があったらしく、ここでもつながりが生まれたようです。

実は、上映会で世間に公開されたことで自分の手から離れてしまった感覚があり、作品が独り歩きしているような部分に少し戸惑いがありました。しかし、関係者の皆さんが喜んでくれたり、つながりを新たに生んでもらうことで、自分の知らないところでひとりでに新しいエネルギーを生み出していく作品の力に背中を押される思いでした。

ケア原論で講師をされた紅谷浩之先生がおっしゃっていた「不健康な人に対しては内側から健康にしていくのではなく、友達を作った方が健康にいい」という考え方がすごく気に入ってます。

健康の問題に限らず、他者とのつながりによって人がポジティブな影響を受けるならば、人とのつながりを生み出す手助けもケアの一つの形なのかもしれないと考えています。アート作品がつながりを生み出す装置として機能するなら、そこには芸術的な価値だけでなく、ケアの側面でも価値があるということが言えるんじゃないかなと思いました。

これからDOORの受講を考えている方へメッセージをお願いします。

多くの方はプラスアルファの学びの場として考えられているかと思います。ケア・アートという特殊性から、自分事にどう落とし込んでいくのかイメージが沸かない方もいるかもしれませんが、私はあまり考え込まずに吸収していく場として割り切っていました。講師陣のなかには、ケア・アートとあまり関係のない領域の方も多くいらっしゃいます。DOORの理念は共生社会を生きるための学びなので、その意味ではケア・アートという枠にとらわれる必要もないと思っています。

DOORはスキルを身につける場というよりは、色々な気づきを得ていく場だと考えています。受講する人によってバックボーンはそれぞれ異なると思いますが、それぞれで得られる気づきが必ずあると思っています。そして福祉とアートを取り巻く社会には、色々な価値観が存在することをぜひとも感じ取っていただきたいです。

すべてを自分事として吸収できるわけではないですし、受講したからといってすぐに自分を変えられるわけではないかもしれませんが、DOORの場が少しでもこれから受講する方の感性を育む一助になればと思っています。



2024年9月