INTERVIEW

「線を引かないこと、考えること、わかろうとすること」

DOOR7期生
榎原理絵(えばらりえ)さん

DOORを受講したきっかけを教えてください

私は、乳がんを患うシングルマザーであり、大阪在住のフリーランスでブランディングを主とするデザインマネージメント業を行っています。DOORを受講しようと決めた2023年1月頃は、点滴の抗がん剤、全摘の手術、放射線治療を終え、7ヶ月にわたる経口抗がん剤を服用している最中でした。2年にも及ぶ闘病生活で体調は良くありませんでしたが、がんを患う当事者として、自らの心の苦しさや身体の変化を恥じて隠すことなく、ありのままの姿で生きていきたいと思っていました。

病気であっても、病気でなくても自分らしく生きていきたい。言葉では簡単に言えますが、現実はとても厳しい。私を含めた同病者たちが治療に苦しみながら、周囲の人間関係に悩まされている状況をよく目にしていました。そのたびに、何か解決できる方法はないのかなぁと考えていました。
同時に、私はその頃ちょうど大学院での修士論文を書き終え、次はより実践的な学びを得たい衝動にかられていました。ネットで検索して「ケア×アート」をテーマに「多様な人々が共生できる社会」を支える人材を育成するプロジェクト東京藝術大学DOORを見つけた時、私の探していたものはこれだ!と運命を感じました。

私は、私たちが生きていくために、一人でも多く理解者を増やしていくことが、罹患者とそうでない人との人間関係構築に重要だと考えています。そのためには、罹患者になる前から身近な場所で信頼できる人間関係をつくることと、罹患者の「助けて」を察知できる知識、多様な人と受け入れ合う術を学ぶ必要があるのではないかと想像していました。
そんな私の仮説に対して「ひとりひとりの多様な『あり方』の違いを超えて、人と人が丁寧に出会うことで生まれるクリエイティブな視点や振る舞いが、社会に積み重なっていくこと、そして、DOORで学んだひとりひとりが、より多様性のある社会を創出し、また、社会に潜在する共生社会の種を見出していくことを期待しています。」というDOORのフレーズWEBサイトで読んだ時の衝撃。DOORはきっと私の理解者になってくれると期待を胸に、受講を決めました。
【写真:榎原さん(左)と娘さん】Photo:Yoshiro Masuda

 

実際にDOORを受講してみた感想を教えてください

DOORで学び始めた頃は、私は自分自身の病気について公にしていませんでした。ひたすら隠し取り繕って生活していました。告知されてちょうど2年経った6月、私は東京藝術大学に足を運び、DOOR特講「ワークショップ ブレインストーミング」に参加しました。まさか、私が東京藝大にいるなんて。

死ぬまでにやりたいことのひとつだった、東京藝大を舞台にして学ぶこと。期待を裏切らない面白さで、楽しくて楽しくて。多様な「あり方」の違いを超えて、人と人が丁寧に出会うことで生まれるクリエイティブな視点や振る舞い…をこんなふうに学ぶんだ!と、講義内容が想像を超える角度からのアプローチなので、刺激的で心が揺さぶられる日々でした。頭では泣くべきではないとわかっているのに、感情の溢れを止めることができず、よく泣きながら受講しました。

DOORで学んだ一年は、私の価値観を変え、線を引かないこと、考えること、わかろうとすることを続ける大切さを教えてくれました。このどうしようもない状況を発散するためのアート、この癒せない心の痛みを軽減するためのアート、そして、誰かと想いを共有したり、私と誰かをつなぐためのアート。

芸術とは、人間が幸せに生きるために必要な術。自分のために自己表現することで、自分が少し生きやすくなるのではないか。そして、その自己表現した作品を誰かに見せて、いいねと言ってくれると嬉しくなり、また見た人も心地良くなり、アートを通じてつながっていく。だから私は、アート、芸術をもっと、誰にとっても、身近で気軽な術にできたら、人々はより豊かな生活が送れるのではないかと思うようになりました。

DOORの授業には様々な当事者が講師として登場します。さまざまな活動家である先生たちの実体験や体験を元に生まれた活動内容を聞いて、私は、これからの時間を、自分のために自己表現すること、会いたい人に会いにいくこと、作品を通じて想いを発すること、そして、自己表現したがっている人に出会ったら創造の場を提供すること、全力で愛を持って人に接しようと、生涯をかけてやることが決まりました。

 

ー印象に残っている授業や実習について教えてください

私は、大阪在住であり、闘病者でもあるので、頻繁に東京へいくことができず、オンライン授業である「ARTs × SDGsプラクティス」を受講することにしました。

この講座は、「SDGsと芸術」をテーマとしたオンライン授業であり、SDGsをより多角的に深く知るために、さまざまな活動をしている実践者が登壇されます。その講師から投げかけられる課題(宿題)が難解で、その答えを言葉で表すことすら難しいのに、作品として制作するという…、久しぶりに宿題に追われる日々を送りました。

第2回目の宿題をするために、私は島根県大田市の福光石 石切り場に行きました。400年以上続く採石場で、現在も採石が続けられています。人が知恵を絞り彫り進めた跡と、自然が融合してできた景観は、自然を超えた神秘的な世界を作り上げており、私はこの空間にスピリチュアルな存在を感じ、採石場の写真を撮りコラージュして「自己超越による幸福」と題名をつけました。

複数の写真を重ね合わせて表現した。

このように、日頃アーティストではない私たちが、アートを介して社会課題に向き合い、創造的な解決を考える機会を与えられる授業です。私はこの授業を通じて、人それぞれ捉え方も異なれば、表現の仕方も様々だということを学びました。どの表現が良い、悪いという評価ではなく、表現するという行為そのものが素晴らしい行いであること。そして、人がどう考えているかという思考のプロセスを大切に、どうしてこのような表現になったかを、みんなに発表する面白さを体感しました。

この授業で出される課題に向き合うことで、私は毎月、自分と向き合い表現をすることになり、その行為が私のストレスや痛みの緩和へとつながっていることに気づきました。私はこの授業を受けたからこそ、痛みから解放される術として、アートが有用であると実感しています。自分のためのアート。そして一番救われたことは、先生たちが私や受講生の作品をひとつも否定せず、褒めてくださったことです。その褒め方こそが研ぎ澄まされた言葉であり、アートだなと思いました。

今、私は絵を描き、世の中に披露するまでになっています。この授業を受けていなかったら、自分の描いた作品を披露なんてしていなかっただろうなぁとしみじみ思います。

 

受講してみてご自身の心境の変化などがあれば教えてください

自分がよりよく生きていくために、小さな良いことを見つけてやり続けることができれば、いつしかそれは、強い情熱や信念によって大きく育ち、未来が少し良い方向に変わる。さらに、すべてを愛すべきものとして受け入れ、どんなことが起きても心を穏やかに、楽しみをもって繋がろうとすれば、人間にとっての究極の幸せを知ることができるのだと、世界の見方を変えることができました。

また、修了式で日比野先生が、「アート」というのは正直よくわからないものだと仰っていたことが印象的です。「アートをめちゃくちゃわかる!なんていう人はちょっと胡散臭い。それは、人の気持ちも同じで、気持ちというのもよくわからないもので、自分ですら自分の気持ちがよくわからなくなるんだから、相手はなおさらわからない。アートと気持ちはわからないもの同士だからこそ、相性が良い」と仰っておられました。

私は修了式でこのお話しを聞いて、なんだかとってもホッとしました。誰のものでもない私のアート性。私も自分自身のことがよくわからなくなる時がありますが、私のアート性に、他者とより良い関係性を築ける可能性を感じています。それは、きっと、よくわからないからこそ面白い。この揺らぎの中で、ゆるくつながるのが人とうまくいく程よい距離感なのではないかと感じています。

 

ー修了後の活動や展望があれば教えてください

私は今、アトリプシー/ART+3Cというケアとつながる循環型のしくみを構築しようとしています。この活動は、病気になっても社会から孤立しないこと=QOL(人生や生活の質の満足度)を向上させることを目的としています。アトリプシーの名前は、DOORで学んだアート(Art)と3つのC、ケア(Care)、コミュニケーション(Communication)、つながり(Connection)からアートトリプルシー…アトリプシーとしました。

わたしたちが作ろうとしているしくみとは、私がアートなんて・・と消極的になる人に対して、自己表現する機会をつくることがひとつ。もうひとつは、わたしたちと同じ志を持てた闘病者の作品をプロダクト制作へ進め、世に放ち、間接的なケアを社会に生み出すというものです。間接的なケアとは、ケアするものとケアされるもの1対1の関係性ではなく、間接的に他者が関わり緩やかにケアする/されることを意味します。私は今、病気であっても、病気でなくても、人々がよりよく生きていくための社会変革に全力疾走中です。

乳がんと告知をされてから、3年半が経ちました。明日もしかしたら、再発して余命を宣告されるかもしれません。私に10年後、20年後という長いスパンの人生設計はありませんが、私ならではの視点で、今日という日をより良く生きる術を、これからもこの活動を通してお伝えできたらと思っています。

東京藝術大学DOORの受講を迷っている人へ。
学ぶ環境が整っているDOORは、配慮の行き届いた空間になっていると思います。先生もスタッフも同期のみんなも「多様な人々が共生できる社会」を目指しておられる方の集まりになりますので、安心してご受講ください。一人で黙々と学びたい人も、誰かとつながりたい人も、同じ悩みを分かち合いたい人も、きっと仲間が見つかるはずです。また、漠然と学んでみたいなと思う方も大丈夫。DOORはどんな人でも受け入れてくれる穏やかで平和な芸術環境になっています。あなたに新しい世界の見方を教えてくれます。

修了後、DOOR7期生同期のみんなと大阪でランチ

 

2024年11月