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2019
6/24

ケア原論3「福祉の解放とコミュニティの連関」

講師: 馬場拓也(社会福祉法人 愛川舜寿会 常務理事)
馬場拓也さんが、神奈川県で両親が始めた特別養護老人ホームの二代目として経営に参画するまでは、イタリアの有名ブランドのトップセールスマンでした。華やかな世界から180度違う現場への転身に見えますが、「アプローチが異なるだけで、人に関わる仕事の奥深さは変わらない」ときっぱり。今回は特養老人ホームと認可保育園という2つの福祉現場と地域の関わりについてお話しいただきました。

高齢者と乳幼児。どちらも支援を必要とする存在です。対象をしっかり捉える“虫の目”を持ち、小さな変化を見逃さず、その人に合ったケアをする。日々の現場では何よりも重要です。一方で、福祉の専門性だけでその人の生活の営みを整えるられるのか、馬場さんは問います。例えばミノワホームは、神奈川県愛川町という地域にあり、利用者の多くもその地域で暮らしてきました。それを踏まえて、これまでの暮らしと施設での暮らしとの連続性や、ミノワホームという福祉施設の営みが地域でどのような風景を作っているかを意識する“鳥の目”=視野の拡張、の重要性も馬場さんは強調します。

2016年7月、障害者施設で19人が元施設職員に殺害される事件が起きました。馬場さんがミノワホームと地域との関係を見直すプロジェクトを始めた矢先のことでした。世の中の風潮が防犯強化に向かう中、馬場さんはミノワホームの80メートルの外壁を壊すことを決断します。塀があることで事故を防ぎ、守られる命もある。同時に、その壁が施設と地域との接続を断っている。施設の中で何が起きているか、外からは見えない状況を作ることが本当に問題解決と言えるのか。馬場さんは、敢えて壁を壊して施設の営みを「見える化」し、地域との信頼関係というセキュリティ強化に繋げたのです。

壁を無くして新たに作った庭は、地域との緩やかな接点となっています。花壇を前にミノワホーム利用者と近所の人が花の話をしたり、子育て中のお母さんが「ちゃんと子育て頑張ってるね」と利用者から声をかけられて思わず涙ぐむことも。また、利用者の部屋からも、人や車の往来を感じられるようになりました。ミノワホームで亡くなった人をスタッフと利用者全員で玄関から送リ出すセレモニーも、“壁崩壊”後は地域の人の目に触れるようになり、近くのガソリンスタンドのスタッフも車が前を通ると帽子を取って見送るなど、福祉施設での日常が町の風景の一部になりつつあるそうです。

今年4月には、ミノワホームから10分ほどの場所に保育園も開園しました。ここもミノワホームの庭づくりと同じ考え方で、地域に解放する縁側のようなスペースがあります。そこには毎日のようにくるおばあちゃんがいて、子供達と話をしたり、時には「男の子なら泣くんじゃない!」とお説教も。先生でも親でもない存在として、子供たちの成長に関わっています。高齢化の進むまちに老人ホームではなく保育園ができたことで、高齢者と子供が、それまでなかった日常風景を作り出しています。

福祉施設の側から地域に開き、地域の人とゆるやかに出会う環境を作ることで、分断されていた日常が重なり、滲みあう。高齢者や乳幼児はケアされるだけではなく、地域の人たちを力づける存在となり、お互いの営みが暮らしの一部になる。こうした地域コミュニティの再構築も、福祉が担える役割なのだと感じました。

講師プロフィール

社会福祉法人 愛川舜寿会 常務理事

馬場拓也

1976年神奈川県生まれ。大学卒業後イタリアのファッションブランド「ジョルジオ アルマーニ」にてトップセールスとして活躍した後、2010年34歳の時に2代目経営者として現法人に参画。
2015年 全国20の社会福祉法人共同プロジェクトで写真×論考の書籍「介護男子スタディーズ」を出版。
2016年には建築家・造園家・大学生らと共に、特養を囲う壁を取り払い、空間デザインから地域との“距離”を再考するプロジェクト【距Re:Design Project】を実施。「Minowa・座・Garden」を完成させ、地域の誰もがアクセス可能な空間にする。同プロジェクトでは翌年に居室のプライバシーを向上させる改修も実施した。
2017年より公民館にて地域の語り場「あいかわ暮らすラボ」を運営。
2019年、障がいのあるなしによらず共に過ごす理念のもと、「カミヤト凸凹保育園」を開園した。日本社会事業大学大学院専門職修士課程修了

編著に『職場改革で実現する 介護業界の人材獲得戦略』(幻冬舎、2015)、『介護男子スタディーズ』 (共同制作/アマナ、2015)ほか