1988年生まれ。小学校卒業後、里親家庭、児童自立支援施設、児童養護施設で過ごす。大学院修了後、公立中学校教員。
2015年より、かつて自身が生活していた児童自立支援施設内の学校で教鞭をとる。
2018年、国内外の子どもアドボカシーを学ぶ勉強会「子どもの声からはじめよう」を立ち上げ、2020年に法人化。
2021年より東京都内の児童相談所に定期的に訪問し、保護された子どもの声を聴き、その表明を支援する子どもアドボカシーの取り組みを実践している。
- 必修科目
- ダイバーシティ実践論
2022
5/30
ダイバーシティ実践論5「子どもの声を尊重する社会に~社会的養護と子どもアドボカシー~」
講師:
川瀬信一(一般社団法人子どもの声からはじめよう代表理事、公立中学校教員、内閣官房こども家庭庁設置法案等準備室政策参与)
第5回では、川瀬信一さんにお越しいただきました。川瀬さんは子ども時代に施設や里親家庭などで過ごされたご経験があり、今は児童自立支援施設で中学校教員として働きながらアドボカシーの担い手(アドボケイト)の養成、児童相談所や一時保護所への訪問活動をしお子さんの声を聞くという活動(アドボカシー活動)をしていらっしゃいます。
日本には、親元を離れて生活する子どもがおよそ45,000人いるといわれています(2019年度統計)。川瀬さんもかつてはそのお一人で、そのご経験の中では家庭から保護された際に児童心理士から「里親がいい?施設がいい?」と聞いてもらったということが印象的であったと語られました。その後暮らした里親家庭には馴染むことができずすぐに別れることとなってしまったものの、「自分が選んだ」という経験があったために失敗の責任を自分で引き受けることができ、次の場所に行くという選択に前向きになれたといいます。
児童の権利に関する条約(子どもの権利条約、ユニセフによる)では、生きる権利、育つ権利、守られる権利、参加する権利という4つの権利が掲げられています。「”参加する権利”というのは社会に参加するという意味でもあるし、自分の人生に参加するということでもある。そしてそれを守るためにあるのが「アドボカシー」という取り組み」とお話しくださいました。
アドボカシーとは「声をあげる」という意味であり、イギリスではよくマイクに例えられるそうです。「マイクは子供が言ってないことを勝手に伝えたりはしないし、子供がスイッチを入れたときにだけ伝わる。子どもの小さい声、聞き取りにくい声をはっきり必要な人に届けていく営みなんだと例えられる」と川瀬さん。
アドボカシー活動のなかで、「おとなは子どものパートナーである」という視点を大事にされているといいます。行動への「いい・悪い」という判断はすぐに行わずにまずは話を聞くこと、どういった別の行動に変えていくことができるかを一緒に考えて一緒に行動していくことなどを実践されているそうです。
またアドボカシーということを考えるため、講義の中では「あなたが子どもの頃、自分の気持ちや考えを大切にされた、または無視・軽視されたと感じた経験を一つずつ共有しましょう」というワークを提示されました。自分がもっている価値観はなにかしらの原体験から生み出されたものであるから、「自分を知る」ということもアドボカシーの活動の中では大事にされていると川瀬さんは言います。
最後には、「子どもの権利を大事にしましょう」と言われている一方での親・支援者たちの権利や姿勢にも言及をされました。「よいケア」とは何かを考えたときに、ケアをする人には、ケアをする権利、ケアをすることを強制されない権利がある。ケアを受ける人には、ケアを受ける権利、ケアを受けることを強制されない権利がある。この4つが守られている状態が「よいケア」なのではないか、というケア論をご紹介くださいました(上野千鶴子(2011)『ケアの社会学—当事者主権の福祉社会へ-』による)。支援をする人間にも権利があることを意識し、余裕をもって子どもの声を受け止められるスタンスでいることが重要であると結びました。
日本には、親元を離れて生活する子どもがおよそ45,000人いるといわれています(2019年度統計)。川瀬さんもかつてはそのお一人で、そのご経験の中では家庭から保護された際に児童心理士から「里親がいい?施設がいい?」と聞いてもらったということが印象的であったと語られました。その後暮らした里親家庭には馴染むことができずすぐに別れることとなってしまったものの、「自分が選んだ」という経験があったために失敗の責任を自分で引き受けることができ、次の場所に行くという選択に前向きになれたといいます。
児童の権利に関する条約(子どもの権利条約、ユニセフによる)では、生きる権利、育つ権利、守られる権利、参加する権利という4つの権利が掲げられています。「”参加する権利”というのは社会に参加するという意味でもあるし、自分の人生に参加するということでもある。そしてそれを守るためにあるのが「アドボカシー」という取り組み」とお話しくださいました。
アドボカシーとは「声をあげる」という意味であり、イギリスではよくマイクに例えられるそうです。「マイクは子供が言ってないことを勝手に伝えたりはしないし、子供がスイッチを入れたときにだけ伝わる。子どもの小さい声、聞き取りにくい声をはっきり必要な人に届けていく営みなんだと例えられる」と川瀬さん。
アドボカシー活動のなかで、「おとなは子どものパートナーである」という視点を大事にされているといいます。行動への「いい・悪い」という判断はすぐに行わずにまずは話を聞くこと、どういった別の行動に変えていくことができるかを一緒に考えて一緒に行動していくことなどを実践されているそうです。
またアドボカシーということを考えるため、講義の中では「あなたが子どもの頃、自分の気持ちや考えを大切にされた、または無視・軽視されたと感じた経験を一つずつ共有しましょう」というワークを提示されました。自分がもっている価値観はなにかしらの原体験から生み出されたものであるから、「自分を知る」ということもアドボカシーの活動の中では大事にされていると川瀬さんは言います。
最後には、「子どもの権利を大事にしましょう」と言われている一方での親・支援者たちの権利や姿勢にも言及をされました。「よいケア」とは何かを考えたときに、ケアをする人には、ケアをする権利、ケアをすることを強制されない権利がある。ケアを受ける人には、ケアを受ける権利、ケアを受けることを強制されない権利がある。この4つが守られている状態が「よいケア」なのではないか、というケア論をご紹介くださいました(上野千鶴子(2011)『ケアの社会学—当事者主権の福祉社会へ-』による)。支援をする人間にも権利があることを意識し、余裕をもって子どもの声を受け止められるスタンスでいることが重要であると結びました。
講師プロフィール
一般社団法人子どもの声からはじめよう代表理事、公立中学校教員、内閣官房こども家庭庁設置法案等準備室政策参与