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2020
12/12

ダイバーシティ実践論 特別講義2「ハンセン病療養所から考える芸術の意味」

講師: 山川冬樹(美術家/ホーメイ歌手)
今回の講師は現代美術家であり、ホーメイ歌手の山川冬樹さんです。瀬戸内国際芸術祭への参加をきっかけに、ハンセン病療養所大島青松園に通って、ハンセン病患者の強制隔離について、また、療養所から見る芸術の本当の意味について考えています。

明石海人というハンセン病の歌人の歌集「白描」の中から「診断の日」という章の一部を紹介して頂きました。今回、山川さんは上野校地の講義室から配信授業をしました。あえて上野校地から授業をしたは、この詩に書かれた情景が上野だったからです。この詩は、彼がハンセン病と診断された時の情景、その日の上野での行動や思いを綴っています。当時、ハンセン病の診断は死を意味するものでした。ここでの「死」は病気によって亡くなるということを指すものではありません。医学的あるいは生物学的な死ではなく、社会的な死を意味します。動物としては生きられても、人間としての扱いは受けられないのです。診断の翌年、明石さんは明石楽生病院に入院しました。1931年にはらい予防法が施行され隔離政策が徹底されましたが、その後、1932年に長島愛生園に入所して以降、絶対的隔離のため生涯ここから出ることはできませんでした。

どこの療養所にも機関誌があり、これは療養所の人々にとって極めて重要なメディアの役割を果たしていました。入所者は機関誌に文学作品を発表したり、社説のように自らの意見を述べたりし、明石さんもまた作品を発表していたそうです。彼はハンセン病文学を代表する歌人ですが、他にもたくさんの作家、歌人、詩人がいます。彼らの作品群は療養所で作られ療養所で享受されるという点において、まさに鶴見俊輔の提唱する「限界芸術」だと言えるでしょう。療養所で営まれる文化芸術活動の中にこそ、近代の日本が失った残像(一人一人に血肉化された記憶)があると鶴見俊輔は評しました。

療養所では、運営や生活を維持していくためのあらゆる作業(患者作業)に入所者が従事させられ、入所者は患者作業の合間を縫って創作活動をしていました。1970年代には療養所職員の増加や職員への作業返還が行われる中、入所者の余暇時間が増え、その時間が芸術・文化の発展を促しました。余暇時間が患者作業より辛かったという方も多くいます。考える時間ができたことで「人生とは何なのか」「自分とは誰なのか」といったことを考え、生を耐える苦痛に向き合わざるを得なくなったのです。そういった苦痛を紛らわせたり慰めたりする手段として文化芸術活動が機能し、各療養所には文学だけではなく、絵画や写真にも取り組む人々が増えていきました。加えて、盲人の入所者はハーモニカなどで合奏するなど音楽活動もしていました。こういった活動の中からいくつかの実例を授業内でご紹介頂きました。

療養所の中での文化芸術活動は「自分の実在を確認するための鏡であり、後世に自分の生の痕跡を残すための遺伝子。苦痛を紛らわし、慰めたりする薬。仲間と分かち合う果実。外の他者と繋がるための架け橋。差別と戦うための剣」であると山川さんは考えています。しかし、そもそも文化芸術活動は療養所の秩序を保ち、入所者たちの反動を抑え込むための国策でした。文化芸術活動は入所者にとっての命の砦であったと同時に、自由を奪う隔離の檻としても機能していたのです。他にも、療養所の芸術作品は様々な両義性を持っています。療養所では、芸術を戦場に様々な両義性の間で攻防が繰り広げられていたとも言えるのです。

最後に、山川さんは大島青松園でのご自身の創作活動について話してくれました。ハンセン病療養所でのアートプロジェクトを通していつも考えるのは、ハンセン病当事者でない自分がハンセン病問題を表現できるのか、していいのかという問題だそうです。他者を作品の中で扱うということは根本的に暴力的な行為である。それを忘れないよう心懸ける一方、そんな自分を図々しく思うこともあるそうですが、それでも療養所の方々と接していると自分の中にどうしても湧き上がってくるものがあると言います。自分のことではないのに、自分のことのように湧き上がってくるもの。それをすくい取りながら作品にしているのです。これからも大島とは関わり続け、最後まで見届けるつもりでいるという言葉で講義を締めくくりました。

講師プロフィール

美術家/ホーメイ歌手

山川冬樹

身体や声と社会や環境の関わりを探求しながら、現代美術/音楽/舞台芸術の境界を超えて活動。視覚、聴覚、皮膚感覚に訴えかける表現で、現代美術、音楽、舞台芸術の境界を超えて活動。瀬戸内国際芸術祭への参加をきっかけに、ハンセン病療養所大島青松園に通うようになり、強制隔離の記憶のリサーチとフィールドワークを継続的に行っている。かつて療養所入所者が暮らした寮を展示室に改装し、2016年には『歩み来たりて』を、2019年には『海峡の歌』を発表。両イスタレーション作品は大島青松園で常設展示となっている。2015年横浜文化賞 文化・芸術奨励賞受賞。東京芸術大学先端芸術表現科非常勤講師。