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2020
10/19

ケア原論7「なぜ人は虐待するのか」

講師: 野沢和弘(植草学園大学副学長(教授)/毎日新聞客員編集委員)
 本日の講義では、知的な障害を持つ人への虐待について取り上げます。なぜ虐待は起こるのか?支援に大切なことは何か?福祉の現場で起きた実例から考えます。野澤さん自身、自閉症の子を持つ親でもあります。長男と接して得た経験も交えながらお話しいただきました。

 はじめから虐待をしようと思って福祉の世界に入ってくる人はいません。それでも過去には、障害者を積極採用していた企業が陰で暴力をふるっていたという事件や、施設の入所者を薬で管理し、廃人のようにしてしまったなどの事件が起こっています。自らSOSを言えない人に対して救いの手がのびにくいのが障害者虐待の特徴です。特に、行動障害がある人の支援は難しく、許される支援と許されない虐待の線引きとは?というグレーゾーンが常に存在するのです。

 評判が良いため支援の難しい障害者が次々と入ってくる施設がありました。次第に職員は疲労困憊し、あるとき一人の職員がある入所者に手を上げてしまいます。しかし誰も止めることは出来ませんでした。アリ地獄のように引きずり込まれていくのが恐ろしかったという現場の声。

 野澤さんは「どんなに素晴らしい施設でも必ず支援のミスは起き、虐待の芽は出てくる。見て見ぬふりという恐怖が存在する。これを恐れるのではなく、ミスをしたときに気付かない鈍さを恐れてほしい。小さな芽に気付ける感性を大事にしてほしい」と考えています。

 最近では、科学的なアプローチで支援を行う施設も増えました。ここで紹介されたのは、自分の頭を殴り続ける障害者の話です。職員と親は仕方なく拘束しますが、余計にストレスがたまり行動は悪化、困り果ててしまいます。しかしここで職員たちは「なぜ殴るのかきっかけを探そう!自傷行為と思っていたが、振動や刺激が気持ち良いのかも?」と考えました。原因を見つけることは簡単ではありません。試行錯誤の末、辿り着いたのは、激しいビートの音楽でした。本人に聴かせてみると、嬉しそうに体を揺らしていたそうです。 

 他にも、夜になると暴れ出す人に対して、原因が「月」にあるのでは?と気が付いた例もありました。意味なく暴れる人ではなく、月に弱いという特性があって、自分たちはこの人を月から守らなければいけない、と話す職員の話を聞いた野澤さんは「なんてすごい仕事をする人たちなんだ、福祉って素晴らしいな」と思ったそうです。

 障害者の自由を奪い地獄に沈めてしまうのも職員ですが、センスと工夫次第で楽しい毎日を提供できるのも職員なのです。ポジティブな支援をできる人が今はたくさんいます。どんなに重い障害を持っていても、生きている限りは幸せを求めて真剣勝負なのだと野澤さんは語りました。

講師プロフィール

植草学園大学副学長(教授)/毎日新聞客員編集委員

野沢和弘

1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞入社。いじめ、引きこもり、児童虐待、障害者虐待などを報道する。論説委員(社会保障担当)を11年間務め、2019年10月退社。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表、東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」主任講師、上智大非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員、障害者政策委員会委員なども。
主な著書に「スローコミュニケーション~わかりやすい文章、わかちあう文化」(スローコミュニケーション出版)、「なんとなくは、生きられない。」「障害者のリアル×東大生のリアル」「条例のある街」(ぶどう社)、「あの夜、君が泣いたわけ」「殺さないで~児童虐待という犯罪」(中央法規)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)、「福祉を食う~虐待される障害者たち」(毎日新聞社)「なぜ人は虐待するのか」(Sプランニング)など。