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2020
12/21

ダイバーシティ実践論10「消された存在に光を当てる」

講師: 原義和(フリーTVディレクター)
本日の講師は、フリーランスTVディレクターの原義和さんです。主にドキュメンタリー番組を手掛けています。原さんがテレビ業界に入ったのは20歳の頃で、数年後にディレクターになり東京で長く仕事をしていましたが、2005年から沖縄を生活拠点にし、活動を続けています。

原さんの取材テーマは、主に沖縄戦のことや日本軍の慰安婦問題についてです。地方局からキー局まで、多数の番組に企画の提案、交渉をし、番組として放送されてきました。マスメディアの一つであるテレビは、マジョリティを相手にするため視聴率を意識せざるを得ません。故に報道番組でさえ、作り手が観てほしいと思うものより視聴者が観たいものを、とすることがあります。しかし原さんはそのような考えに批判的であるため、視聴率を狙った企画提案書を出したことはありません。むしろその真逆の、誰もスポットを当てない、忘れられているようなところに目を向け、そこが主戦場になっていると仰っていました。宮古島の慰安婦問題の報道「戦場のうた〜元”慰安婦”の胸痛む現実と歴史〜」もその1つです。原さんはこの番組で、日本民間放送連盟賞テレビ報道番組最優秀を受賞し、講評や反響を通して、売れるもの、みんなが観たいものとは真逆のことにも興味を示してくれる人はいるのだと知りました。

また、原さんは医療や福祉の取材にも取り組んでいます。今回は、映画「夜明け前のうた 消された沖縄の障害者」を制作するきっかけとなった写真を見せていただきながら、沖縄でかつて行われていた精神障害者の私宅監置についてお話をしていただきました。写真には1960年代の沖縄での私宅監置の様子が写されています。撮影者は調査のため沖縄へ行った精神科医、写っているのは私宅監置をされている精神障害者です。医療記録として撮られたものではありますが、カメラのレンズが当事者の患者に肉薄し、原さんはとてつもない写真だと衝撃を受けたそうです。

私宅監置は1900年に施行された精神病者監護法に基づき、1950年施行の精神衛生法によって禁止されるまで日本各地で行われていました。沖縄はアメリカの占領統治下であったことも関係し、1960年代になってもなお続いていたとのことです。隔離は隔離する側の都合で行われ、隔離される側の主張は聞き入れられませんでした。彼らを隔離、排除することで大多数の人の暮らしの安寧を守る一方、一人の人の人生を奪っていたのです。これは隔離された人達自身の問題でも家族の問題でもなく、社会的な問題です。多様性を失くしていくようなことが実際に行われてきた、という事実に向き合うべきではないかと原さんは考えます。

かつて、原さんは私宅監置の写真を番組で出したことがあります。写真には顔が写っているものもあり、人権上の問題に配慮した所有者の意向により、全ての写真にモザイクをかけました。その時はそうだなと納得したそうですが、後に写真そのままを名前と共に出したいと思ったそうです。存在を否定され消されてきた人達にもう一度モザイクをかけ、消しながら世に出すのか?かつてテレビでそれを一回やったが、それは果たして誰を守っているのか。自分を、番組を制作する側の人間を守るためにもう一度消しているのではないか。写真を出すことによって共にこの問題を考えていきたい、またそこには私宅監置をされた人々にもいてほしいと思うようになりました。

テレビという消費文化の中では放送することがゴールだそうです。無事放送されたらそのテーマは終わり、次の企画へと移るそうですが、私宅監置についてはそういった割り切りができなかったと原さんは言います。現在の原さんのゴールは、社会的排除や隔離といったものが少しでも変わっていくこと。誰一人排除されないために努力していくことです。そのために私宅監置の写真展やかつて使用されていた小屋を遺構として保存する運動を家族会の方々と続けています。今回の映画も取り組みの一つで、テレビ番組で終わりにしてはいけないと思ったと仰っていました。

講師プロフィール

フリーTVディレクター

原義和

 1969年愛知県名古屋市生まれ。2005年より沖縄を生活拠点にドキュメンタリー番組の企画制作を行う。東日本大震災の後は福島にも通って取材し、Eテレ「福島をずっと見ているTV」などにディレクターとして参加。
主な制作番組は「戦場のうた~元“慰安婦”の胸痛む現実と歴史」(2013年琉球放送/2014年日本民間放送連盟賞テレビ報道番組最優秀賞)、「インドネシアの戦時性暴力」(2015 年7月TBS報道特集・第53回ギャラクシー賞奨励賞)、「Born Again~画家 正子・R・サマーズの人生」(2016年琉球放送/第54回ギャラクシー賞優秀賞)、「消された精神障害者」(2018年Eテレ ハートネットTV/貧困ジャーナリズム賞2018)など

映画「夜明け前のうた」の2021年春の公開が決まったばかり。
東京では新宿・K’sシネマで2021年3月20日から公開。
https://yoake-uta.com/