• 必修科目
  • ケア原論
2020
6/15

ケア原論2「介護の目的論の理解と対象論」

講師: 飯田大輔(社会福祉法人福祉楽団 理事長)
前回に引き続き「看護や介護」に焦点をあてた「ケア」について飯田さんにお話しいただきます。今回の講義は、対象論・終末期のケア・観察論の三点を軸に展開されました。

前回の授業では、ケアの役割が生活を整え「生命力の消耗を最小にする」ことであると学びました。具体的にどのような実践をすべきなのか、水分補給や発熱、睡眠を例に挙げ見ていきます。例えばおばあちゃんに水分をとってもらいたいとき、何を飲ませる?温度は?なぜそれを飲ませる?と飯田さんは受講者に次々と質問をしていきました。人間の構造を分かっていないと適切な「生命力の消耗を最小にする」ケアはできないからです。

続いて「終末期のケア」を考えます。看護や介護の現場では死に接する機会が多々あるため、人間にとって「死」とは何かを知らなければ死に対するケアはできません。生物には死ぬことがプログラムされていますが、人間は他の生物と違い、他者からの援助なしに良い自然死を迎えられないため、その過程が自然に発動するよう働きかける必要があります。ここでも、ケアがすべきことは「生命力の消耗を最小にする」ことです。近年、日本人の8割は病院で死を迎えますが、果たしてこれは良い傾向と言えるのでしょうか。延命や賦活を目的とする医療行為は死へと向かう自然のプログラムを乱し、時に患者に苦しさを与えます。もちろん看護や介護だけで良い終末期、良い死をつくれる訳ではありません。医師をはじめとした専門家や患者の家族などの協力が不可欠だからこそ、それぞれが「良い終末期」「良い死」についてもう一度問い直す必要があると飯田さんは考えています。

最後に、看護・介護において最も重要とされる「観察」についてです。ケアの現場では患者が常に何かを訴えかけてくれるとは限らないため、看護・介護者が常に観察し情報を集めなければいけません。また、患者には何かを伝えたり頼むこと自体がエネルギーを消耗する行為のため、「生命力の消耗を最小にする」ケアにとって、やはり観察は必要となります。観察の習慣を身につけられないのなら看護婦になることを諦めたほうがよい、とF・ナイチンゲールの著作にもあるほど大切な要素です。なので、何をしてほしいですか?と患者に聞くことや、水が飲みたい、トイレに行きたいなどと言われてしまうことは観察不足によるものなので、良いケアとはならないのです。人間は個別性を持つため、日頃の観察の積み重ねからその人にとって「生命力の消耗を最小にする」ケアとは何なのかを選択していく必要があります。同時に、講義前半で学んだ私たち人間に共通する生理学的な構造の理解も必要です。この個別性と共通性を頭に入れてケアを実施していくことが大事だと飯田さんは語りました。

講師プロフィール

社会福祉法人福祉楽団 理事長

飯田大輔

1978 年千葉県生まれ。東京農業大学農学部卒業。日本社会事業学校研究科修了。千葉大学看護学部中途退学。
千葉大学大学院人文社会科学研究科博士前期課程修了。(学術修士)
2001 年、社会福祉法人福祉楽団を設立し、特別養護老人ホームの生活相談員、施設長などを経て、現在、
理事長。2012 年、株式会社恋する豚研究所を設立、現在、代表取締役。
現在、千葉大学非常勤講師、京都大学こころの未来研究センター連携研究員、ナイチンゲール看護研究所研究
員。東京藝術大学非常勤講師。
介護福祉士、社会福祉士、精神保健福祉士。