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2020
10/12

ダイバーシティ実践論6「相模原障害者殺傷事件」と私たち

講師: 渡辺一史(ノンフィクションライター)
 2016年、相模原市の障害者施設で元職員が入所者19人を殺害、26人に重軽傷を負わせるという事件が起こりました。「意思疎通のとれない障害者は安楽死させるべき」「重度障害者は他人のお金と時間を奪う」と考える植松死刑囚との面会や裁判を通して、明らかになったこと、ならなかったことをお話しいただきました。この事件は社会に何を投げかけたのか、人と人との向き合い方を考えていきます。

 彼について、渡辺さんは「とらえどころがなく、どう変化するか分からない人」と感じたそうです。裁判で弁護側は精神障害があったとして無罪を主張しましたが、本人は否定します。しかし、彼の思想は非常に独特なもので、法廷で語れば語るほど周囲は「気は確かなのか?」と感じてしまうほどでした。「かっこよさ」への異常なこだわり、「新日本秩序」を考えるなど奇抜な面を持ち、トランプ氏や陰謀論からも強い影響を受けていましたが、結局、病気なのかどうか分からないことだらけだったといいます。

 事件発生当初は彼の思想や発言に焦点が当てられていましたが、最近では、施設のあり方自体にもスポットが当たりかけています。本人も働き始めた頃はやりがいを感じ、入所者を可愛いと話していたそうです。考え方が変化した背景には、「生きている意味がない」と思わせてしまう何かが支援側にあったのではないか?身体拘束や虐待に近いことは実際にあったと言われていますが、明らかになっていない真実はいまだ山積みです。

 これらに加え、大麻の使用、財政難の犯人探しをするような国内情勢、威勢の良いことを言えば賞賛されるネット空間など複数の要素が犯行動機になったのではと渡辺さんは考えています。

 そもそも彼の主張には誤解があるとも指摘します。「意思疎通のとれない障害者は安楽死させるべき」=安楽死という言葉を間違って使っている、「重度障害者は他人のお金と時間を奪う」=国が障害福祉サービスにかける費用は一般会計の約1%で、その多くは人件費であり、健常者の給料となっているのです。

 現状では彼の考えが拡散されているだけです。どこが間違っているのかを明確にし、きちんと言っていかなければならないと渡辺さんは語りました。

 閉塞した形で生まれる個人の正義感や、何らかの生きづらさがきっかけとなった今回の事件。成人してからも情報や環境によって人格は形成されていきます。社会の中に存在するこのような怖さは、私たちにとっても身近なものではないかと考えさせられる講義でした。

講師プロフィール

ノンフィクションライター

渡辺一史

1968年名古屋市生まれ。北海道大学文学部を中退後、北海道を拠点に活動するフリーライターとなる。
2003年に刊行した『こんな夜更けにバナナかよ』(文春文庫)で大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞を受賞したほか、2018年12月には主演・大泉洋、高畑充希、三浦春馬など豪華キャストによって映画化され大きな話題となる。また、2011年刊の『北の無人駅から』(北海道新聞社)でサントリー学芸賞、地方出版文化功労賞などを受賞。他の著書に『なぜ人と人は支え合うのか』(ちくまプリマー新書)がある。札幌市在住。