ーDOORを受講したきっかけを教えてください
対話のワークショップで知り合った友人から7期生の修了展(2023年度)に誘われたことがきっかけでした。「DOORってなに?藝大?行きたい!」と興味津々な私に『ケアとアートの教室』の本も紹介してくれて。その日に購入して一気に読みました。その後、友人が受講申し込みすると聞いて、「自分も受けてみたい!」と思ったんです。
もともと学生時代はNGOで国際協力プロジェクトに参加して、海外の紛争地で活動したり、アクティブに社会と関わってきました。しかし働き始めると、日々の仕事や生活に追われ、社会課題と向き合う時間は徐々に減ってしまっていました。
転機になったのはコロナ禍で、失業や末期がんの親の介護・看取り、自身の手術・入院などが重なったんです。“ケアされる側”になった経験を通して福祉に関心を持つようになりました。
知的障害のある方のガイドヘルパーを経験したあと、園芸療法と園芸福祉を学んで資格を取得し、現在は本業であるテレビ局での番組制作をしながら、都内の福祉施設で活動しています。
これまでの学びは資格取得を目的としたものが多かったんですが、2022年にオープンダイアローグという対話療法を学び始めたことで、ダイバーシティと向き合い、自分の世界が一気に広がりました。
DOORと出会ったのは、まさにそんなタイミングでした。
最初は仕事と両立できるか不安もありましたが、7期生の修了展で直接先輩方から具体的な体験談を聞けたことで不安が解消されて「やってみよう!」と踏み込むことができました。
ー実際にDOORを受講してみた感想を教えてください
受講してみてまず思ったのは、「いくつになっても学ぶってやっぱり楽しい!」ということでした。社会人の学びというと資格を取るためとか、実務に直結させるためのものを求めがちですが、DOORはそういう枠にとらわれない。
答えが用意されていないからこそ、自分の中でじっくり考えたり、人と対話する中で気づきを得られたりする時間がすごく新鮮でした。
また、受講生のバックグラウンドが多様なのもおもしろかったです。福祉や医療に関わる人もいれば、アーティストや会社員、介護中の方もいて、みんな違う視点を持っている。普段の生活や仕事だけでは出会えなかったであろう人たちと学び合えたことは、私にとってすごく貴重でした。
私は自分の思考を瞬発的に言語化するのがとても苦手なので、必修科目のケア原論・ダイバーシティ実践論の質疑応答では、頭の中で質問をまとめているうちにいつも時間切れになってしまって、結局最後まで質問することができませんでした。
でも、みなさんの感想や質問を聞いていると、同じ授業を受けていてもひとりひとりの視点や感想が違っていて、“そういう受け止め方があるのか”と気づかされることがたくさんありました。普段だったら自分の思考の範囲だけで完結してしまうことも、他の人の声を聞くことで自分の考えの輪郭がくっきり見えてくるおもしろさを感じました。ひとりで本を読んだり動画を見たりしているだけでは得られない体験だと思います。たとえオンラインだったとしても、共に学ぶ仲間がいるというのは大きかったです。
対面授業ではさらにもっと濃い交流ができましたし。
結果として、DOORは自分にとっては学び直しの場であると同時に、人とつながる場としても大きな意味を持っていたと思います。
ー印象に残っている授業や実習について教えてください
全体では初めての対面授業だったDOOR特講「ワークショップ ブレインストーミング」では、受講生みんながワクワクとドキドキが混ざっている雰囲気でした。私も初対面の方たちとのチームで自分の意見をうまく出せずにいました。途中、他のチームに行ってアドバイスをすると同時にアイデアを持ち帰ってくる「旅人タイム」というのがありました。行った先のチームのメンバーが対話的で、不思議なくらいにアイデアが出てきて楽しい時間だったことを今でも鮮明に覚えています。そのあとに元のチームでゴニョゴニョと自信なさげにプレゼンをしていた私を見た旅人タイムのメンバーのひとりから「別人かと思った」と授業後に声をかけられて…他人から見たら自分ってそんな感じだったのか!と知って驚愕でした。自由に意見を出し合える場づくりを実感した授業でしたね。
終わったあとは緊張もほぐれ、オンライン授業で話した方と直接会えたうれしさでワイワイと盛り上がり、藝大の正門で写真撮影したこともいい思い出です。
あとは、なんといっても選択科目の「プログラム実践演習」です。
朝顔を育てることがアートプロジェクトって、どういうことなんだろう?という興味と、自分が関わっている園芸福祉のヒントが得られそうだったのでこの科目を選択しました。
8期のテーマは“「明後日新聞文化事業部」の記者になって新聞を作ろう” でした。前期は3人でチームを組んで莇平(新潟県十日町市)に取材に行き、「明後日新聞」を1号ずつ発行しました。

莇平で実施されたプログラム実践演習の様子
私たちが予定していた取材日が台風の影響で延期になったり、莇平に着いても雷と大雨で動けなかったり、秋の米仕事の真っ最中で集落のみなさんが忙しかったり、取材に大苦戦しました。しかも、取材日が変わったことで私たちのチームだけ3人揃っての取材ができませんでした。
そんなバタバタも、20年以上にもわたり明後日朝顔で築き上げてきた莇平の受容力と3人のチームワークでなんとか乗り越えて、自分たちの号が形になった時は感慨深かったです。
後期は大学美術館で開催された「芸術未来研究場展」で完成した新聞とともに、自分たちが体験した莇平を表現して展示するというものでした。新聞記事とは違う形で体験をどのような形で伝えたらいいのか悩みましたね。展示ではチームごとに展示スペースに座り、来場者に直接説明するという日比野克彦大学長からの無茶ぶりに戸惑いつつも、コミュニケーションをとりながら説明することで、これまでの自分たちの活動を振り返ることができた気がします。
明後日朝顔プロジェクトが積み重ねてきた歩みを肌で感じ、莇平の土地と人に癒やされ…一回一回の授業が濃厚で、思い返すと話がつきないくらいいろいろな学びが詰まっていました。

芸術未来研究場展会場で来場者の方と交流する様子
ー受講してみてご自身の心境の変化などがあれば教えてください
自分の中の「アート」「クリエイティブ」の概念が変わりました。
ドキュメンタリー番組の担当だった時、困難な状況にある人に手を差し伸べずに撮り続けることがしんどくて、自分はドキュメンタリーのディレクターには向いていないかも…と悩んだ末にフロアディレクターやアシスタントプロデューサーの道を選択しました。
ただ、【演出をしない=非クリエイティブ】という扱いを受けることもあり、それが自分の生きづらさにつながるくらい大きなコンプレックスだったんです。
アート鑑賞は好きですが、絵が下手なうえに美的センスゼロなので「アート」分野への引け目も感じていました。
でも、授業で伊藤達矢先生が「日常にアートの水脈はある。創造性を膨らませて関わりを考えることがアートの本質」とおっしゃっていて。
DOORの授業を通じて、世の中はクリエイティブに溢れていると知ることができました。
アート作品や目に見えるモノを創り出すことだけではなくて、場をどう整えるかを考えたり、他者に思いを馳せたり、莇平でどんな活動ができるのかを話し合ったり、日常の小さな選択や工夫だって創造的な行為なんですよね。
そう気付けた時に自分の中の「アート」と「クリエイティブ」がぐっと身近なものになって、肯定できるようになりました。
ー修了後の活動や展望があれば教えてください
修了してからもプログラム実践演習で訪れた新潟の莇平に、行事のたびに足を運んでいます。自分でもどうしてそこまで惹かれるのか不思議なんですが、まるで推し活みたいで行くのが楽しみになっています。
「明後日朝顔」をきっかけに集まってくる人たちや集落のみなさんと交流していると、普段の肩書や役割から離れて自由に過ごせている心地よさがあって、それが自分にとってかけがえのない時間なんです。
今年の「明後日朝顔全国会議」にもDOORチームとして参加させていただきました。他の地域の活動発表を拝見して、関わる人が広がれば広がるほど、思いもしなかった動きになっていくのがアートプロジェクトのおもしろさなんだなとあらためて実感しました。
初めて会う人たちばかりなのに、明後日朝顔というつながりですぐに仲良くなれるのも不思議ですよね。
こうした活動を通じて、「文化的処方」ってこういうことかも、と身を持って体感している気がします。アートプロジェクトをきっかけに人が集まり、会話が生まれ、自然とコミュニティが育っていく。そこには癒しもあれば支え合いもあるし、誰かをケアする力がちゃんと宿っている。そんな場にDOORをきっかけに自分も参加させてもらえていることが、本当にありがたくてうれしいです。
これからは園芸や植物を通したコミュニティづくりやオープンダイアローグのエッセンスを取り入れた対話の場づくりにもっと主体的に関わっていきたいなと思っています。文化的処方の効能を自分が実際に体験して心身で知っていることは、きっと誰かをケアするときに大事なことだと思うんです。DOORでの学びや莇平での経験を活かしながら、ゆるく人がつながって支え合える場をつくれたらいいなと考えています。

DOOR特講終わり 正門前スナップ

