― DOORとの出会いは何でしたか?
長野県で高齢者介護の施設に勤めています。絵が好きで、学生時代は日本画を勉強していたのですが、その後は創作活動からは離れたんです。介護保険ができる少し前から福祉施設で働き始め、その後はケアマネージャーや社会福祉士の資格を取ったりして介護や事務の仕事をしてきました。もう20年くらい。(※介護保険法は1997(平成9)年国会で制定、2000(平成12)年4月1日施行)
ずっと平和で、ずっと同じ仕事。新しい刺激もありません。でも、長い間やっていると疑問がうかんでくるんです。解決しないこと、行き詰まり、不全感。福祉の現場ってとても矛盾が多く、悩みが深いんですが、それらは解決できないことが多い。本人も介護するほうも、こんなに一生懸命やっていても人はなかなか幸せにならないんだな、この世から不幸や人間の苦しみってなくならないんだな、福祉って何だろう、と思っていたんです。
そんな時に、福祉関係のネットワークからのニュースで、DOORのことを知りました。あれ、福祉とアートって、私の二大関心事じゃない?とまず興味を持ち調べてみました。そして、あの東京藝大がやってるの?って意外に思いました。だって東京藝大はファインアートの教育機関でしょう? そんなところが福祉なんておかしいんじゃない、東京藝大いったい何がしたいんだ?とも思いました。
そして、福祉なら現場でやっている私のほうがずっと詳しいぞ、とも思いました。「東京藝大が何やるか見てやるぞ」くらいの気持ちで、乗り込んでみることにしました。
― 長野県から通っていたそうですね。
自宅と職場のある茅野市から特急あずさで約2時間です。すごく大変……ではなかったです。「ちょっと大変」くらいかな。
18時からの講義に出るには、昼頃には長野を出ないと間に合わないので、授業のある日は休みを取りました。講義後は最終のあずさで帰りました。授業が終わって、質問タイムが長引いたら、その途中で「失礼します!」って言いながら上野駅に走って、ピッタリ発車に間に合うタイミングでした。昼間の活動の時は、前泊もしました。東京に来るのなんて正直20年ぶりだったので。これはもうせっかく来ているんだから活用しなきゃと、せっせと観光したり、美術館をまわったりしました。今日も、DOORに来る前に、西洋美術館によってハプスブルグ展を見てきましたよ。
東京は、どこに行っても人人人、ビルビルビル。コンビニの店員さんが外国人ばかりだなぁと、文化の差みたいなものも実感しましたし、いろいろ刺激を受けました。
― 講義内容はどうでしたか?
授業のテーマが多岐にわたっていて驚きました。こんな幅広い分野からそれぞれ素晴らしい先生を引っ張って来るなんて、DOORのスタッフは大変な努力をされただろうなとも思いました。「恋する豚研究所」の飯田大輔さん(※千葉県香取市にて農業と養豚事業を障害者就労支援と組み合せ、所内で加工した肉などをレストランやショップで販売している)など、素晴らしい実践をされている方々のお話は、若いのにすごいなと感心しながら聞きました。
豪華な講師陣は、最大限活用させていただきました。旅の恥はかき捨て、せっかく遠くから来ているんだから、と思って、どんどん質問したんです。普段は、心の中で思っていてもなかなか口に出せないことなんかも。たとえば、福祉の現場では利用者が自由にのびのび過ごすことがいいことで、拘束するのはよくないと言われます。でも、時と場合によっては拘束しないと事故が起きたり、利用者がどこかに行ってしまったりしてしまうのも事実ですよね。そこにある矛盾をどう考えるか。そういう疑問を、講師の先生方にぶつけてみました。
― 疑問は解決したのでしょうか?
いいえ、納得いく答えが出ないということはわかっているんです。もしかすると、訊いてもしょうがないことなのかもしれません。でも、現場の誰もが「利用者の希望通りになんて、そんなことは理想論・実際は無理」って思っている否定的な現実とのギャップを、専門家がどう解釈してくれるかに興味がありました。そういう問いに対して、専門家の先生方は真摯に答えてくれました。明快な答えはやっぱり出なかったんですが、考えが深まりました。
― グループワークでも積極的に活動されたそうですね。
与えられたテーマは、「誰もが参加できる場を作る」でした。最後の発表では、「間人間(あいだにんげん)」という質問ゲームをしました。6人でグループになって協力しながら内容をつくりあげる過程が楽しかったです。
私のグループには福祉の関係者だったり、家族に障害を持つ人がいたり。みんな同じように、何かしら現状に飽き足らない想いを抱えていました。似たような分野に興味や問題意識があって、しかもわざわざ勉強したい人が集まっているんだから、ミーティングや作業がどんどん進むのは当然ですよね。もしかしたら職場よりもプロジェクトが進めやすかったかもしれません。
― 普段のお仕事を振り返ることになったのですね。
私は、職場では人と協力するよりも自分でやってしまうタイプだったので、「みんなで何かを作ることって自分にできていなかったな、普段の仕事でももっと協力してやらないと」と思いました。
それと、介護・福祉やアートに関する分野で、今まで聞いたこともなかったような実践をしている方々のお話を聞けたことは、大いに向学心を刺激されました。
それで自分が次の日からすぐ新しい仕事を始めたというわけではないんですが、でも、モノの考え方が深まったなと実感しています。惰性で同じことを繰り返す毎日になっていて、機械的にこなして、消耗して、疲れていた。でも今は、遠い大きな目標に向かって、同じ仕事でも、広い視野で取り組めるようになったような気がします。
― 遠い大きな目標とは何でしょう?
人類みんなの幸せ、ですね。そのために自分に何ができるかを考えるようになりました。
福祉って、おかしな仕事だと思うんです。
貧富の差や格差社会を作ること、集団で弱者をいじめることは人間の本能だという説があります。だからイジメをやめなさいといくら言ってもなくならない。こんな本能を持つ人間の社会なのに、なぜ福祉があるんだろう? 人間を超えるかもしれないという人工知能の発達で、人は幸せになるのか? そもそも人工知能とはなんだ?……。
ダイバーシティという言葉もよく使われますよね。でも、自分とは違う人たち、場合によっては利害が一致しない人たちもみんなが機嫌よく楽しく生きていくにはどうしたらいいか。福祉にありがちな美辞麗句の建前でなく、本当に心からみんなが楽しいと思えるには、何をしたらいいんだろう。
こういった疑問について、私、まだうまい方法を思いつけないんです。
考えても考えてもまだ解決しません。もっと考えたくて、最近は仏教哲学の本を読んだりしています。こういう読書の習慣ができたのもDOORのおかげかもしれません。
人生100年とすると、私、あと半分あるんです。残り50年の間、テレビを見てぼんやり過ごすだけのはずだったのに、DOORに来て、勉強する楽しさを知って、考え続けられるテーマと大きな目標にも出会いました。
これで100歳まで楽しく生きられそうです。