INTERVIEW

水たまりの中の宇宙から

DOOR2期生
斉藤 邦子(さいとう くにこ)さん

― DOORを受講したきっかけは?

そのずっと前からお話ししますね。高3になる娘がキリスト教系の私立幼稚園に入ったとき、お母さんたちのボランティアサークルに参加したんです。児童養護施設の未就園の子どもたちを預かってその間に職員さんに一息ついてもらうとか、特別養護老人ホームのリネン交換などをしていました。その後エスカレーター式に娘が系列の小学校に入ったので、活動も続けていたんですが、そのうち、サークルの先輩に誘われて、小規模多機能型居宅介護事業所でパート勤務することになりました。ボランティアをしてきたとはいえ、利用者に直接接するような仕事はしていなかったし、介護の専門知識があったわけでもないので、料理や送迎などできることからはじめて、徐々にいろんなことをするようになりました。でも現場は体力勝負で、体調をくずしてしまい退職。介護現場の大変さを思い知りました。

そのときに、もったいないなと思ったんです。せっかくここで2年近くやってきて、いろんなことを学んで、いろんなことを感じたのに、と。でもその一方で、利用者と接するときに、自分がやっていることには何の根拠もないな、とも思っていたんです。

根拠がない?

私は介護や心理の専門家じゃないので、誰かに何かをしてあげるときに、「これは、こういう理由だからこのようにします」と説明できる自信がないんですね。じゃあ、自信があることや得意なことで関われないかと考えて、出てきたのがアートだったんです。美大の芸術学科を卒業していて、学芸員の資格も持っていました。今までは特にそれを活かしていたわけではないんですが。

絵画療法とかも調べたんですか、ちょっとイメージが違って。アートと福祉、そんな道があるのかなと思いながら、「とりあえずアートならまず藝大だよね」と思ってインターネットで検索してみたら、いきなりDOORがドーンと。

ドアが開いていたんですね。

まさにこれだ!と思いました。早速夫と娘に話して協力を頼みました。

タイミング的にもちょうどよかったんです。今からはじめたら、娘が受験生になる前にDOORを修了できるなと。高3生をかかえていては、受講は無理じゃないかと思ったので。

それと、この先娘が大学生になって巣立ったら、私、すっからかんになっちゃうような気がしていたんです。だからここで、50歳からの1015年くらいで何か夢中になってやれることが見つかればいいな、とも考えました。

DOORにどんなイメージを持っていましたか?

実は具体的なイメージはあまり持っていませんでした。入ってみると、介護とか福祉とかダイバーシティという重いテーマを様々な角度から見る講義がたくさん用意されてました。こんなすごい授業をやってくれるところはないと感じましたが、同時に「これをどう活用するかは自分次第だな」とも思いました。

最初は週1回のペースで通学、そのうちにグループワークなどが忙しくなって、週2回、もっと上野に来ていた時もありました。ただ、受講生のバックグラウンドは様々で、DOORに対するテンションもみんな違うし、自由になる時間も違いますよね。

そのテンションの違いは、グループワークなどで揉める原因になりませんでしたか?

PTAで経験済みですよ()。年の功もあるのかな、みなさん、とても優しくて、基本的に大人でした。それぞれのかかわり方をしていましたし、人に活動を強制することもありませんでした。その中で私はやりたかったから、そしてやれる時間があったから、積極的にやっただけです。

いろんな人たちと楽しく意見を話し合う。その中で何かを作り上げていく。毎日探検、冒険、ワクワク、という感じでした。

グループワークではどんなことをしましたか?

授業によってグループワークがあって、ひとつは、サッカーとSDGsを組み合わせた映像づくりだったのですが、このグループが素晴らしい出会いでした。バリキャリ、牧師さん、福祉関係者、デザイナー、ギャラリー経営者という、4050代ばかりのグループ。どんな意見を出してもまず受け止めてくれるという安心感がありました。作品の出来栄えはともかく、本当に楽しかった。

もうひとつ、「福祉の現場を若者たちに伝える」というグループワークがありました。私たちが行くことになった、ぐるんとびーは藤沢市辻堂にある小規模多機能型居宅介護事業所で、団地のなかの一室を使い、その団地の居住者や近隣の人々に介護サービスを提供しています。ここの魅力をどう若者に伝えるかがテーマ。手法も素材も自由だったので、私たちのグループはすごろくにしました。

そのアイディア、どうやって形にしたのですか?

グループは男性二人と女性二人。「遊びながら、喋りながら理解できる方法はないかな」と話しているときに、「すごろくはどうかな?」と、もうひとりの女性がアイディアを出して、「それいいね!」となりました。みんな忙しいので、LINEの音声チャットでした。

立体すごろくだったんですが、制作の間はDOORに来たり、各自が自宅でできることをしたり。施設って消毒臭かったりするんですけど、ぐるんとびーはコーヒーや煮物の香りがするんです。香りも大事な要素なので、グループのひとりがおやつに出たオレンジの皮を持ち帰って精油にしてくれました。

ぐるんとびーには、修了してからも2回くらいすごろくをしに行きましたよ。臨床美術士によるワークショップに参加させてもらったこともあります。

DOORを受講してよかったと思うのは?

人のつながりができたことです。

福祉やダイバーシティのことって、友達とお茶飲んでいても話せません。重すぎて、特別で、ネガティブなイメージがあって、ふさわしくないとか、宗教の勧誘とか思われちゃう。

でもこれ、私の大切なテーマなんです。それを真面目に、重くなりすぎずに語れる仲間ができたことが本当に良かったです。それぞれの立場からの意見を聞くこともできますし、アートの人と福祉の人のギャップに改めて気づくこともありました。重箱の隅をつつくような住みにくい世の中なのに、寛容な社会がいいよねと考えて、形にしようとしてる人がいっぱいいる。「ちゃんと考えている人ってこんなにいるんだ」と、すごく勇気づけられました。

仲良くなった人たちと、卒業旅行にも行きました。アート活動をしている作業所を訪問し、夜はずーっとみんなで語り合いました。いつか海外の障害者アートを見に行きたいねと話しています。

― DOORを修了して何かが変わりましたか?

実は最近、夫が体調を崩しました。検査などでバタバタしたのですが、その時にDOORで聞いた病気になったから人生攻めに転じた講師の話を思い出しました。家族の病気は精神的・肉体的にきついけど、そのつらさをどう捉え直すか。それは私が1年間DOORで訓練してきたことなんだって気づいたんです。アートは、ここで笑っちゃいけないとかの常識的なふるまいを超えたもの。深刻になるだけが私じゃない。実際にできなくても、そういう視点があることを私は知っている。だから、冷静に対処できました。

いつか時間、体力、条件が整えば、学んだことを活かして何かやってみたいです。でも今は、まず身近な家族から。そこから友達とか職場に広がっていけばいいな、と考えています。水たまりの中に宇宙があるって言いますよね。ちょうどそんな感じです。