• 必修科目
  • ケア原論
2020
6/29

ケア原論4「認知症共生社会におけるリンクワーカーの可能性」

講師: 栗田 駿一郎(日本医療政策機構 マネージャー)
栗田さんが医療政策の調査・研究に従事するきっかけとなったのは、祖母が認知症になったことでした。家族も本人もどうしたらいいか分からず、役所もスムーズな対応をしてくれない。介護保険もまだない時代です。小学生だった栗田さんは、そんな状況を見て「社会に色々なかたちで貢献してきた高齢者がなぜいざという時に困らなければいけないのか?もっと行政などが支援してくれても良いのでは?」と疑問に思ったそうです。

現在、日本の認知症有病者数は推計800万人と言われていますが、症状を抑えたり進行を遅らせる薬はあっても、完全に治す薬は未だ開発されていません。治療薬の完成を期待する一方で、いざ服用可能となった時に高額な価格設定がされ、その結果、個々人の経済的状況によって治せる・治せないという差が生まるといったことにならないよう、財政基盤のつくり方などが試行錯誤されていると言います。

では、政策課題としての認知症の本質は何でしょうか。例えば、日常の買い物が困難なため在宅で生活できない認知症の人がいたとします。栗田さんは、在宅で生活できない原因は必ずしも症状の進行だけではなく、時代の変化やそれに伴う社会環境の変化も関係していると考えます。具体的には、核家族化によって買い物を頼める家族がいなくなったり、変化に気づいてくれる顔なじみの店員さんや帰る場所を忘れてしまった人に声をかけてくれる近所の人が少なくなってきたというようなことです。こういった環境面からの影響もあるならば、この問題は認知機能を改善しなければ解決できないというわけではなく、環境を少し変えることで解決に向けたアプローチが可能だと捉えることもできます。

政策課題の中で栗田さんが特に重要と考えるのが、診断後の「空白期間」を解消することです。「空白期間」とは、認知症と確定してから適切なケアやサポートを受けるまでの待機期間を意味します。現在でもサービスを利用できるまで三年以上かかるケースが存在し、この期間が長いほど精神的・身体的負担は増えていき、経済的負担にも繋がるそうです。

スコットランドには、この空白期間に充実した支援を行う「リンクワーカー」という専門スタッフがいます。彼らの仕事は、初期・中期程度の認知症の人に対して、本人が認知症について理解し受け入れるための支援や人生設計のアドバイなどをすることと、地域で暮らし続けられるように地域資源の発掘や紹介、その他利用可能なサービスの紹介をすることです。特に地域資源の発掘・紹介については、その人の趣味や今後チャレンジしたいことなどを聞き、地域の取り組みを紹介することも大事な仕事の一つであるため、合唱サークルや認知症カフェなどの文化・芸術的な活動をする地域サークルを発掘し、リンクワーカーの拠点であるリソースセンターで活動をしてもらうことで認知症の人に参加の機会を提供したり、時には活動自体を育てていくことが期待されています。こういった政策の大前提として、スコットランドでは「認知症の人の権利を守る」という権利憲章を制定しています。これは、認知症の人が認知機能の低下によって自分の権利が侵害されていることに気付かない場合もあるためです。

それでは、診断後の不安なときに隣にいてくれる存在「リンクワーカー」を日本で実現するために最も重要な課題は何でしょうか。一番は、地域資源が十分にあるか、受け入れてくれる場所がどれだけあるかという点です。つなげる「人」がいても、つなげる「先」がなければ効果は期待できないと栗田さんは語りました。

 

講師プロフィール

日本医療政策機構 マネージャー

栗田 駿一郎

民間シンクタンク「日本医療政策機構(HGPI)」にて、医療政策に関する調査・提言活動に従事。
政治学・公共政策学をバックグラウンドとして、国内外の認知症政策に関する調査提言を通じて
、HGPIのミッションでもある「市民主体の医療政策の実現」を目指している。また自身が認知症の
人の家族という立場でもあり、プライベートでは地元の行政、医療福祉介護関係の皆さん、そして
認知症の当事者やご家族の皆さんとの交流も多い。
早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、東京海上日動火災保険株式会社に入社し損害サービス部
門に従事。その後、日本医療政策機構(HGPI)に入職し、現在に至る。また在職中に、早稲田大学
大学院政治学研究科修了(公共経営修士)。
これまで愛知県『オレンジタウン構想』WGメンバーやBSテレビ東京「日経プラス10」のコメンテ
ーターなど、認知症政策に関する発表・講演なども多く行う。その他現在、認知症未来共創ハブの
運営委員、東京医科歯科大学大学院および田園調布学園大学にて非常勤講師を務める。