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  • ダイバーシティ実践論
2019
12/9

ダイバーシティ実践論9「こんな夜更けにバナナかよ──映画化と原作執筆の舞台裏」

講師: 渡辺一史(ノンフィクションライター)
北海道を拠点にライターとして活躍している渡辺一史さん。32歳のときに筋ジストロフィー患者の鹿野靖明さんと出会った経験が、ノンフィクションドキュメンタリー『こんな夜更けにバナナかよ』の執筆へとつながりました。
渡辺さんの講義はその当時のおはなしから、取材する相模原障害者施設での事件にまでおよび、人間の尊厳について問いかけ、受講者とともに考えていくものでした。

その問いかけのなかで「あなたがもし鹿野さんの介助をしているとして、タバコを吸わせて欲しいとお願いされたらどうしますか?」というものがありました。
鹿野さんはその病気ゆえに筋力が低下し身体を動かすことができません。内臓の筋機能も低下し呼吸もままならないことから人工呼吸器をつけています。しかし、鹿野さんは「タバコ介助」としてボランティアの助けを借り、タバコを嗜みました。
福祉施設や親元で介助されるのではなく、自分の人生をどうしたいか自分で決め、そのために他人や社会に助けを求めて地域で普通に暮らしたい。そのような自立生活を強い意志で選んだ鹿野さんを介助する人には、「タバコ介助」は実際によくあったシチュエーションだったといいます。

なかには、「人工呼吸器をつけている人がタバコを吸うなんて、自殺行為に近い。自分はボランティアに来ているのであって、自殺行為に手を貸すために来ているのではない」といって、「タバコ介助」を断る人もいました。
渡辺さんはそこに、一見「やさしさ」のように見えるが、「強い立場」にある人が「弱い立場」にある人に対し、本人に代わって意思決定を行う「支配」がないかといいます。

そのような「支配」から逃れるために命を懸けて自立生活を行う鹿野さんと過ごすことは、渡辺さんにとって「人と人との関係をどんなふうに作っていけばいいのか?」「自分と他者とはなんなのだろうか?」そして「人が生きるってどういうことなのだろうか?」という問いにぶつかることであり、学ぶことでもありました。
介助しているようで、教えられている。そこには、どちらが支えているのかが曖昧で、いつでも逆転しうる関係性があったのです。

最後に渡辺さんは、そのような関係があることによって育まれた文明社会が人間という種の強さなのであり、したがって現代の価値観で人間に優劣をつけてしまうことは、その強さを損なう大きなリスクになりうると主張しました。そのような種としての人間をとらえる視点を最後に提示されながらも、講義の全体のなかで感じることができたのは、丹念な取材によって人間の尊厳に迫ろうとする渡辺さんの思いでした。

講師プロフィール

ノンフィクションライター

渡辺一史

1968年名古屋市生まれ。北海道大学文学部を中退後、北海道を拠点に活動するフリーライターとなる。
2003年に刊行した『こんな夜更けにバナナかよ』(文春文庫)で大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞を受賞したほか、2018年12月には主演・大泉洋、高畑充希、三浦春馬など豪華キャストによって映画化され大きな話題となる。また、2011年刊の『北の無人駅から』(北海道新聞社)でサントリー学芸賞、地方出版文化功労賞などを受賞。他の著書に『なぜ人と人は支え合うのか』(ちくまプリマー新書)がある。札幌市在住。