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2019
12/16

ダイバーシティ実践論10「当事者研究が照らすこころの多様性ーべてるの家の経験から」

講師: 向谷地 生良(北海道医療大学教授/浦河べてるの家理事)
向谷地生良さんが設立した「浦河べてるの家」(以下、「べてる」)は、統合失調症や依存症など心のトラブルを抱えた人たちの活動拠点です。北海道・浦河町にある「べてる」には毎年2,000人を超える見学者が訪れます。その目的は「当事者研究」というユニークなプログラム。研究といっても、主導するのは、医療機関や専門家ではありません。障害を持つ当事者が自分を研究します。自分の幻聴について語り、妄想体験を演じる、歌にする等を通じて、自分の症状やパターンを知り、対処するコツを見つける活動です。同じ悩みを持つ仲間の成功体験を聞いて自分で試すこともあります。医療だけに依存せず、当事者自身が、仲間や家族、専門家と共に、自分の課題に向き合い、考えます。

講義ではある統合失調症の人の研究例が紹介されました。15年間幻聴に苦しみ、頭をたたくなどの自傷行為を繰り返していた女性は、研究参加をきっかけに、自分が出会う“幻聴さん”のプロフィールを全て書き出してみました。その結果、“幻聴さん”は自分がひとりの時に出てくることが多いことがわかりました。また、“幻聴さん”同士が仲良くなって結婚するなど、次第に自分を攻撃する存在ではなくなり、女性の自傷行為も無くなったそうです。幻聴を問題視せず、“幻聴さん”と親しみを込めて呼び、尊重するのが「当事者研究」の姿勢です。「何を話しても入院させられたり、薬が増えることがない」という安心感が担保されることで、当事者はようやく自由に語ることができるのです。

向谷地さんは、「当事者研究の活動は、必要以上に医療に保護、管理される環境にいる人たちが社会で共生してゆくきっかけになる」と述べ、障害のある人たちが、自分の抱えている課題を表現する手立てを獲得することの大切さを強調しました。精神障害者は、自分自身がその症状や行動を説明できず、周囲からも理解されず、本人も家族も社会から孤立しがちです。障害を「治す」「封じ込める」前提で向き合うのではなく、まずはその人のありのままを受け止めることが、自己回復への一歩に繋がると感じました。

 

講師プロフィール

北海道医療大学教授/浦河べてるの家理事

向谷地 生良

青森県十和田市出身。
1978年4月より北海道日高にある総合病院のソーシャルワーカーとして勤務。
1984年4月に「浦河べてる(“神の家”の意)の家」の設立に参加。メンバーと一緒に日高昆布の産直をはじめとする起業に挑戦。
2001年に自助の取り組みとして「当事者研究」を創案、開始する。
2003年4月より、北海道医療大学看護福祉学部で教鞭をとりながら、べてるのメンバーとともに「当事者研究」の普及をめざして国内はもとより、海外を飛び回っている。

○著書「べてるの家の非援助論―共著・医学書院」、「べてるの家から吹く風・いのちのことば社」、「技法以前」医学書院他多数