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2018
10/29

アーティストの活動4「条件なき美術館」

講師: 藤井 光(美術家、映像作家)
条件なき美術館、という不思議な講義タイトル。これは藤井さんがフランスの思想家、ジャック・デリダの著書「条件なき大学」からインスパイアされたものだそうです。デリダはこの本の中で、大学のあるべき姿として「無条件的で、前提を欠いた場」「検討し再考するための正当な空間」を挙げ、実際の大学がそういう場でないのは「検閲」が要因にあると指摘します。講義では、デリダの「大学」を「美術館」に置き換え、「検閲」をキーワードに、表現の場における理想の形(条件なき美術館)を構想してゆきます。

美術家として、歴史や政治、現代社会の事象などをテーマとしている藤井さん。様々な人や組織と関わりなしに作品は生まれません。相手と協働し、互いの関係性に配慮した結果、自分が自主規制的、抑制的にならざるを得ない場合があると言います。社会的な関係から、作家の意のままの表現が無条件に保障されない場合もある。藤井さんはこれを著書の中で「自らの黒い欲望を検閲」と記しています。アートが社会関与する上で制約を受けることには批判的な論考もあります。また検閲というと、国家による強い力が働く否定的なイメージもつきまといますが、藤井さんは、被災地で企画した「厄災の記憶」というシンポジウムを例に、創作過程での相手と社会的な関係の中で作用する“検閲”や”自己抑制“の持つ可能性についても触れました。

大航海時代の奴隷制度を扱った作品を始めとする幾つかの藤井さんの作品をたどりながら、私たちは美術館や博物館でも、自覚のないまま検閲と関わっていることに気づかされます。長い時間をかけて集められた作品たち。これは言葉を変えれば、誰かの手によって選ばれたもの。選ばれなかったものは何も残らず、排除されているこということであり、ある種の「検閲」の結果と言えます。また、作品を見るときに美術史解説を参照する場合がありますが、その解説が触れていない別の史実、例えば人種差別が作品に描かれていることに気がつかない場合もあります。気づかない(=語らない)ことで、ある価値や体制を結果的に担保していることにならないか。私たちの無意識な行動に潜む、検閲や差別的な視点を藤井さんは問います。

二者択一で簡単に白黒をつけることができないテーマに、受講生は、言葉にできないモヤモヤした何かをそれぞれ持ち帰ったようです。

講師プロフィール

美術家、映像作家

藤井 光

藤井 光(ふじい ひかる)
1976年東京都生まれ。美術家、映像作家。芸術は社会と歴史と密接に関わりを持って生成されているという考え方のもと、既存の制度や枠組みに対する問いを、綿密なリサーチやフィールドワークを通じて実証的に検証し、実在する空間や同時代の社会問題に応答する作品を映像インスタレーションとして制作している。パリ第8大学美学・芸術第三期博士課程DEA卒業。近年では、『爆撃の記録』(東京都現代美術館『MOTアニュアル 2016 キセイノセイキ』展)、『帝国の教育制度』(森美術館『六本木クロッシング2016』展)、『南蛮絵図』(国立国際美術館『トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために』展)を発表。監督作品にドキュメンタリー『プロジェクトFUKUSHIMA!』(プロジェクトFUKUSHIMA! オフィシャル映像記録実行委員会、2012年)、『ASAHIZA人間は、どこへ行く』(ASAHIZA製作委員会、2013年)、日産アートアワード2017でグランプリとなった『日本人を演じる』などがある。