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2020
11/30

ダイバーシティ実践論7「聞こえなくなった声との協働 〜ひきこもり当事者とのアートプロジェクトについて〜」

講師: 渡辺篤(現代美術家)
今回は現代美術家の渡辺さんに「孤立」にまつわるお話を伺いました。渡辺さんは大学卒業後、生きることに絶望し、3年間引きこもり=孤立状態になりました。卒業して「自分の居場所がなくなった」と感じたそうです。卒業後すぐに活躍できるアーティストは一握りで、それ以外のアーティストには活動する機会やコミュニティが無いに等しいのが現実です。

引きこもり最終日は東日本大震災の1か月前でした。直接は関係のないことですが、父親が渡辺さんを流す津波のような存在、一方、母親は今にも水を与えなければならない高齢者のような存在と捉えていたことから、震災と同じように感じたそうです。母親が引きこもりの本を多数読んでいることを知り、自室の外にも傷ついている人がいると知りました。

授業後半は渡辺さんに作品紹介、コンセプトなど丁寧にレクチャーいただきました。

《止まった部屋 動き出した家》
津波に流される建築物をコンクリートで模し、その中に渡辺さんが入り、密閉され、1週間後にハンマーを用いて中から出てくる作品です。過去に三回行い、うち二回は他者の痛みや孤立を知るための単位として直方体で行い、外から撮影して1週間を10分にする映像作品になりました。割れたコンクリート片も作品とし、販売しました。

《アイムヒア プロジェクト》
これは渡辺さんが引きこもり最終日に撮った写真と引きこもりの方々(以降当事者)から部屋の写真を集めて写真集「I'm here project」にし、展示するというものです。引きこもりの時間を記録写真として発信するというのは、現代アートの世界に限らず社会に向けても価値のあることであり、また、写真は言語ではないけれど、何か見えてくるものがあります。横浜での展覧会には、この展示を見るために部屋の写真を提供した当事者の方々も多く来場しました。それは自分の写真がどういう風に展示されているのかを確認したいからであり、表現というものはある種のプライドを誘発するのです。
当事者運動の現場では、通称「引き出し屋」という暴力的支援団体による支援を問題視しています。傷ついて社会から引きこもった当事者に対して社会がまた社会の側に引き摺り出すことは、当事者の声を二の次にしていると言えるからです。本プロジェクトはこういった現象に対して、当事者自身が写真によって居場所を示し、また自らの手によって表現を奪い返すというカウンターをコンセプトに掲げているのです。
当事者運動には、他にも専門家を交えたミーティングで、精神科医から「オープンダイアローグ」の提案があり、当事者による新聞や雑誌の刊行がされていますたりもします。また、リカバリーも大切です。誰でも参加できるフューチャーセッションというミーティングもやっています。

《同じ月を見た日》
現在のコロナ禍に対応して、ギャラリーをストリートアートのようにし、今年度末に横浜で展示をするそうです。緊急事態宣言が出された日は満月でした。渡辺さんはネット上でアートプロジェクト「同じ月を見た日」を立ち上げ、その日からプロ写真家から様々な事情を抱えた方まで自分の居場所から月を撮り始めました。コロナ禍によって、当事者だけでなく世界中の人が「孤立」を経験しました。同じ月を見ることで、そこにはいない誰かを想像するための展覧会です。

講師プロフィール

現代美術家

渡辺篤

2009年、東京芸術大学大学院修了(美術研究科油画専攻)。近年は、不可視の社会課題であり、また自身も元当事者でもある「ひきこもり」にまつわるテーマについて、心の傷を持った者たちと協働するプロジェクトを多数実施。そこでは、当事者性と他者性、共感の可能性と不可能性、社会包摂の在り方など、社会/文化/福祉/心理のテーマにも及ぶ取り組みを行う。社会問題に対してアートが物理的・精神的に介入し、解決に向けた直接的な作用を及ぼす可能性を追求している。
 主な個展及びプロジェクト展は「修復のモニュメント」(BankART SILK、神奈川、2020年)、「ATSUSHI WATANABE」(大和日英基金、イギリス、2019年)など。
 主なグループ展は「Looking for Another Family」(国立現代美術館、韓国、2020年)、「ALONE TOGETHER」(STUK、ベルギー、2020年)など。
 2020年「横浜文化賞 文化・芸術奨励賞」受賞。2018~2020年度に「クリエイティブ・インクルージョン活動助成」(アーツコミッション・ヨコハマ)に採択。作品発表以外では、当事者経験や表現者としての視点を活かし、「ハートネットTV」(NHK Eテレ)など多数のテレビ出演や執筆も行う。武蔵野美術大学非常勤講師。