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2020
7/13

ケア原論6 「分かち合い」としてのケア

講師: 神野直彦(東京大学名誉教授)
本日の講義では、社会福祉がどのように変化してきたのか、経済学の視点や歴史的背景を踏まえて見ていきました。

「社会サービス」はスウェーデン語で「オムソーリ(omsorg)」と言います。オムソーリという概念は非常に広く、医療・教育・福祉がこれに該当します。また、オムソーリのもともとの意味は「悲しみの分かち合い」です。医療や福祉というところではケア(care)という概念も思い浮かびますが、これらもオムソーリの示す社会サービスに含まれるため、ケアも「オムソーリ=悲しみの分かち合い」の一つであると捉えることができる、と神野さんは考えます。

では、なぜ悲しみを分かち合うのでしょうか?スウェーデンでは、人々は悲しみを分かち合うことで幸せになると考えられています。この背景には、家族を基礎とする共同体的な人間の絆が存在します。誰もが幸福になることを互いに願い合っているという確信です。近年、社会保障の動揺が世界的に見られますが、その原因は経済成長の鈍化や少子高齢化などの人口構造の変化よりも、共同体的人間の絆が失われているからだと神野さんは考えます。これまで、人間は共同体内で労働能力のない子供や高齢者を扶養するという世代間連帯によって命の絆を結んできました。しかし、市場社会が発達し労働と生活の場が分かれるにつれ共同体の規模や機能も小さくなり、現在、私たちは家族という最も小さな共同体に属しています。そして、かつての世代間連帯は社会化され、年金制度をはじめとする各種社会保障制度として存在しています。社会保障制度の議論においては、そういった成り立ちを忘れてはなりません。

また、工業社会から知識・サービス産業を中心とする社会へ移行しているにも関わらず、日本は「社会サービス国家」への舵をいまだに切れないでいる、とも神野さんは指摘します。工業社会下と違い女性の労働市場への進出が可能な今、育児・養老といった家庭内での労働を政府が社会サービスとして打ち出していかなければ賃金や貧困の格差が広がっていく一方です。にも関わらず、対応できていないのが日本の社会福祉の現状です。

他に、社会サービスに対する日本と北欧諸国の捉え方の違いとして、社会サービスの対象範囲についても言及しました。北欧諸国では個人に機能障害が生じた場合のみならず、人と人との関係に機能障害が生じた場合も支援や代替サービスを提供しているとのことです。スウェーデンをはじめ他国と日本で「悲しみの分かち合い」としての社会サービスにどれだけ違いがあるのかを知ることができました。

最後に、神野さんは新型コロナウイルスについても触れました。私たちは今、自然環境と人的環境の破壊が起こる危機の時代に生き、人と人との結びつきや手をとりあって生きていくことを忘れてしまっています。憎悪と暴力が溢れ出す、そんな現代を新型コロナウイルスは襲ったのです。私たちはいかなる方法でこれを取り除いていくべきなのか。そう問題提起をし、授業を終わりました。

 

講師プロフィール

東京大学名誉教授

神野直彦

1946年埼玉県生まれ。
大阪市立大学経済学部教授、東京大学大学院経済学研究科・経済学教授、関西学院大学人間福祉学部教授、地方財政審議会会長などを経て、現在日本社会事業大学学長・東京大学名誉教授、税制調査会会長代理、社会保障審議会年金部会部会長